一人で過ごすクリスマス。
今まで私は、クリスマスはいつも友人か家族と一緒に過ごしていた。
だから、一人ぼっちのクリスマスを過ごすことになったとき、恐怖がやってきた。
すごく怖かった・・。
この恐怖・・Leeが亡くなった夜の恐怖に似てた。
ロンリネス・・ひとりぼっちという恐れ・・。
インナーチャイルドの私が、必死になって、その恐怖をとりつくろうとする。
じたばた・・ジタバタ・・。
自分だけが、世界から取り残されたような感じがした。
クリスマス・イブ。
一人でもちゃんとディナーを作って、ワインを掲げて、メリークリスマスって言ってみた。
そしたら・・ようやく大人の私が顔を見せてきた。
あれっ!
もしかして、私は、商業的なクリスマスのマインドコントロールにはまってる?
クリスマスに一人で過ごす人はいっぱいだよね。
深い自分の中に潜んでいたインナーチャイルド。
「一人になる恐れ・・。」
こんなところで現れてきた。
12月は、私の心の中にある負のものを清算するぞーって、コミットした途端にやってきた。
そして、気づいた。
私はずっと、Leeの亡霊というか、スビリットともにこの2年半を過ごしていた。
あたらしいパートナーを見つけたいと思っていながら、ずっと、Leeに執着してた。
毎朝、Leeの写真を見て、おはよーって言って、ことあるごとに話しかけて・・。
いつもLeeがそばにいる感じがしてた。
だから、心の底から寂しくはなかったんだって気づいた。
清算にコミットした私は、ようやくLeeの遺品をきれいにし始めた。
Leeの友人たちに電話して、取りに来てもらうようにした。
仏壇も写真も取り払うことにした。
とたんに、心の深いところから哀しみがやってきた。
立てないくらいの哀しみ。嗚咽。
ずっと、この部分を見ないで、見ないふりをして、手をつけてなかった。
手放して、新しい出発をするって決めたから、
口から心臓が飛び出るくらいに苦しいけど、やる。
翌日のクリスマス、インナーチャイルドの私がジタバタする。
「ひとりは寂しい。今日のクリスマスは、どうやって過ごしたらいいんだろう・・。」
大人の私は、その声に気づきながら、なだめながら、森の中へ出かける準備をする。
ドイツ人の友人、クラウディアが教えてくれた。
「本来のクリスマスツリーは、人々が、常緑樹に、いつも変わらぬ元気と長生きを祈り、木に宿る精霊にクッキーやくだものなどの甘いものを捧げたのが由来だ」と言っていた。
セドナの森は、サイプレス(杉科)とジュニパー(檜科)の常緑樹の森。
私は、ブロークン・アロー・トレイルを選んだ。
ここは、インディアンと白人の戦いを終わらせる映画「ブロークン・アロー」の舞台となったところ。
私にとって、自分の中のインナーチャイルドと今の自分の葛藤を終わらせる舞台。
一つの根っこから4本の幹が伸びていた。
その真ん中に立って、クリスマスソングを歌った。
寂しくて、涙が出た。
そしたら、目の前に虹色の光が降りそそぎ、木々の間でキラキラ光った。
あたり一面がクリスマスツリーになった。
木に囲まれて、とてもあたたかかった。幸せに感じた。
しばらく歩いたら、気になる場所があって、そこに座って瞑想をしたり、チャンティングをした。
そして、寝転がって、泣きながら、大地の癒しを受けながら、空に向かって、今、手放したいこと、そして、来年に成し遂げたいことを口に出してみた。
いっぱい泣いたら、ハートに隙間ができてきた。
その隙間に心地よいバイブレーションが入って来た。
ひとりで過ごすクリスマスって、こんなにも神聖なんだって気がついた。
大自然のエレメントとしっかりと繋がり直して、来年に向けての、精気をたっぷりといただいた。
午後一番でここに着いたのに、気がついたら、太陽が西の山の陰に隠れるところだった。
ネイティブアメリカンのやり方をまねて、タバコの葉っぱを大地に撒いて、感謝をして、その場を去った。
もう一度、振り返って、さっき居た場所をみたら、虹色の光でその場所が輝いていた。
たくさんの精霊がそこにいる気がした。
たくさんの精霊たちとずっと一緒にいたんだって感じた。
ひとりで過ごすクリスマス。
恐怖の向うには、こんなにすばらしいギフトが待ってた。
これからは、クリスマスだからってジタバタしない。
ひとつ、また大人になった私がいる。
☆ありがとうございます☆
今まで私は、クリスマスはいつも友人か家族と一緒に過ごしていた。
だから、一人ぼっちのクリスマスを過ごすことになったとき、恐怖がやってきた。
すごく怖かった・・。
この恐怖・・Leeが亡くなった夜の恐怖に似てた。
ロンリネス・・ひとりぼっちという恐れ・・。
インナーチャイルドの私が、必死になって、その恐怖をとりつくろうとする。
じたばた・・ジタバタ・・。
自分だけが、世界から取り残されたような感じがした。
クリスマス・イブ。
一人でもちゃんとディナーを作って、ワインを掲げて、メリークリスマスって言ってみた。
そしたら・・ようやく大人の私が顔を見せてきた。
あれっ!
もしかして、私は、商業的なクリスマスのマインドコントロールにはまってる?
クリスマスに一人で過ごす人はいっぱいだよね。
深い自分の中に潜んでいたインナーチャイルド。
「一人になる恐れ・・。」
こんなところで現れてきた。
12月は、私の心の中にある負のものを清算するぞーって、コミットした途端にやってきた。
そして、気づいた。
私はずっと、Leeの亡霊というか、スビリットともにこの2年半を過ごしていた。
あたらしいパートナーを見つけたいと思っていながら、ずっと、Leeに執着してた。
毎朝、Leeの写真を見て、おはよーって言って、ことあるごとに話しかけて・・。
いつもLeeがそばにいる感じがしてた。
だから、心の底から寂しくはなかったんだって気づいた。
清算にコミットした私は、ようやくLeeの遺品をきれいにし始めた。
Leeの友人たちに電話して、取りに来てもらうようにした。
仏壇も写真も取り払うことにした。
とたんに、心の深いところから哀しみがやってきた。
立てないくらいの哀しみ。嗚咽。
ずっと、この部分を見ないで、見ないふりをして、手をつけてなかった。
手放して、新しい出発をするって決めたから、
口から心臓が飛び出るくらいに苦しいけど、やる。
翌日のクリスマス、インナーチャイルドの私がジタバタする。
「ひとりは寂しい。今日のクリスマスは、どうやって過ごしたらいいんだろう・・。」
大人の私は、その声に気づきながら、なだめながら、森の中へ出かける準備をする。
ドイツ人の友人、クラウディアが教えてくれた。
「本来のクリスマスツリーは、人々が、常緑樹に、いつも変わらぬ元気と長生きを祈り、木に宿る精霊にクッキーやくだものなどの甘いものを捧げたのが由来だ」と言っていた。
セドナの森は、サイプレス(杉科)とジュニパー(檜科)の常緑樹の森。
私は、ブロークン・アロー・トレイルを選んだ。
ここは、インディアンと白人の戦いを終わらせる映画「ブロークン・アロー」の舞台となったところ。
私にとって、自分の中のインナーチャイルドと今の自分の葛藤を終わらせる舞台。
一つの根っこから4本の幹が伸びていた。
その真ん中に立って、クリスマスソングを歌った。
寂しくて、涙が出た。
そしたら、目の前に虹色の光が降りそそぎ、木々の間でキラキラ光った。
あたり一面がクリスマスツリーになった。
木に囲まれて、とてもあたたかかった。幸せに感じた。
しばらく歩いたら、気になる場所があって、そこに座って瞑想をしたり、チャンティングをした。
そして、寝転がって、泣きながら、大地の癒しを受けながら、空に向かって、今、手放したいこと、そして、来年に成し遂げたいことを口に出してみた。
いっぱい泣いたら、ハートに隙間ができてきた。
その隙間に心地よいバイブレーションが入って来た。
ひとりで過ごすクリスマスって、こんなにも神聖なんだって気がついた。
大自然のエレメントとしっかりと繋がり直して、来年に向けての、精気をたっぷりといただいた。
午後一番でここに着いたのに、気がついたら、太陽が西の山の陰に隠れるところだった。
ネイティブアメリカンのやり方をまねて、タバコの葉っぱを大地に撒いて、感謝をして、その場を去った。
もう一度、振り返って、さっき居た場所をみたら、虹色の光でその場所が輝いていた。
たくさんの精霊がそこにいる気がした。
たくさんの精霊たちとずっと一緒にいたんだって感じた。
ひとりで過ごすクリスマス。
恐怖の向うには、こんなにすばらしいギフトが待ってた。
これからは、クリスマスだからってジタバタしない。
ひとつ、また大人になった私がいる。
☆ありがとうございます☆