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Iru Grahamのブログ

アリゾナ州セドナのこと、ネイティブアメリカンのこと、旅のこと、日々の気づきのことなどを綴っています。

コロンビア・マモスからの伝言

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コロンビアのギャザリングは、マモ(高僧)たちのシェアから始まった。

マモになる子供達は、3歳から親元を離れて、洞窟の中で生活をする。その間、会えることができるのはマモのみ。

そして、8歳に洞窟を出て、20歳過ぎるまで、マモ養成合宿が始まる。

そうやって、かなり厳しい修行を積んで、やっとマモになるのである。
原住民たちの中でも、マモはかなり尊敬にあたいする人たちだ。


今回、マモたち6人〜7人と、その奥様たち(サガ)とその子供達と一緒に一週間にわたって過ごせたことは、とても貴重な経験であり、ありがたいことであった。


自然の波長と繋がり、テレパシーを使う彼らのセレモニーと祈りは、とてもシンプルで静かなもの。端から見ていると、ただ立っているだけのように見える。

自分の内側を静にして、マモたちと同じような目線で自然を見て、同じようにハートをそこにアンカリングしてないと、「はい。セレモニーは終わりました。」という言葉で、我にかえることになる。



コロンビアのシエラネバタ山脈には、4つの原住民がいて、今回参加したのは、そのうちの3つの部族。コギ族と、アルワコ族と、私たちがギャザリングをした浜辺の部族・・うっ!名前を忘れてしまった・・・。すみません・・。


コギ族は、真っ白いコットンの柔道着みたいな上下を着ている。

アルワコ族は、玉子のカラみたいな帽子をかぶり、膝下には、虫除けの白い布を撒いている。

浜辺の部族は、トンガリ帽子をかぶっている。

アルワコ族の帽子も浜辺の部族の帽子も、万年雪をたずさえたシエラネバタ山脈を表している。

このシエラネバタの万年雪も、最近の温暖化により溶け始めているとのこと。
これによりいろいろな問題も起きている。



彼らのシェアの中で繰り返し出て来た言葉は、「ペイメント」。
それは、お金の支払いという意味ではなくて、母なる大地へ感謝を捧げるという意味。

今まで、母なる大地は、たくさんの恵みを私たちに惜しみなく与えてくださった。
しかし、私たち人間の浅はかな行動によって、母なる大地は病みバランスを崩してしまった。

マモたちは、母なる大地を思い、感謝をして、ヒーリングをしましょう・・と繰り返し言っていた。



母なる大地・地球のバランスが崩れてしまったのは、ご先祖様が大切にしていたものが、ニューヨークとかヨーロッバなどの美術館へ行ってしまったことも起因しているという。

ご先祖様たちは、理由があってそれらをつくり、大地の中に埋めた。
それは、母なる大地のバランスをとるためでもあった。

それらが今、あるべくしてあるところにないから、世界中で地震や津波などの災害が起きていると言う。

今、大至急、それらを元に戻すことをしなければならないという。


マモたちの訴えを聞き入れ、心ある美術館は、マモのところに返却し始めているとのことだ。


今回のギャザリングのスタッフは、ボランティアでそれをヘルプしている。
その返却されたものが、マモの祈りと共にシエラネバタの聖地へ戻され、大地の中に埋められて行く様子をパソコンの画面から見せてもらった。

そして、それから数日後の映像も流れた。水の流れが映し出された。
長い間、干し上がっていたそこの土地の川に水が戻って来たのだ。


私は、それを見てびっくりした。
大地がこんなにも早く結果を見せてくれるなんて・・・。



マモは言う。

私たちのそれぞれの国にも、このようにご先祖さまたちから受け継がれている大切なものがあるはずだ。

それは、美術館に並べられて鑑賞されるためのものではない。
大地を守りバランスをとるために必要なものなのだ。

目覚めなさい・・。
本当に必要なことを見なさい・・。
そして、行動に移しなさい・。


太古の昔から、世間からかけ離れて暮らしていたマモたち。
特にコギ族は、山の上に住み、現代人たちとは、あまり接触することはしなかった。

そのマモたちが、こうやって、世界中から人々を招き入れ、メッセージを伝えているのだ。それは、いかに地球が緊迫しているか・・と言えると思う。

まず、私たちができることは、母なる大地・地球に対して、「ありがとう」という気持ちを届けること。完璧にポジティブな言葉とエナジーでそれを思い言う。

そして、自然の波長と自分を同調させていく。

自然と同調したとき、自分が何ができるのか、自ずと見えてくる。

だから、まずすることは、地球に「ありがとう」を言うこと。


そして、翌日、マモたちと、山の上のコギ族の聖地へ行った。

延々とシエラネバタの山を、歩いて登り続ける私たちであった。



つづく・・。